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情報の世界でも「価格破壊」が進行中

=アナリストも記者も問われる中身と質=

2018年04月17日

社会・生活

客員主任研究員
田中 博

 「一体いくらに設定すればいいのか?」―。2017年秋、アナリストを抱える証券会社の幹部たちは、一様にある問題に頭を痛めていた。欧州連合(EU)が2018年1月から実施する金融・資本市場への包括的な新規則「第2次金融商品市場指令(Markets in Financial Instruments Directive 2=MiFID2)」である。機関投資家に情報提供してきたアナリストのリサーチ費用の有料化が義務付けられ、そのスタートが迫ってきていたからだ。

 これまでアナリストのリサーチ費用は、機関投資家から受け取る売買手数料の中に含まれるケースが大半で、顧客に対するサービスと位置づけるところもあった。それが別建てとなることで、「料金表」の設定に追われたというわけだ。

 証券会社のアナリストといえば、担当する企業・業界の動向に精通し、高度な分析とそれに基づく独自の見通しといった付加価値の高い情報を提供することで、独特の存在感を誇ってきた。年収1億円プレーヤーを抱える証券会社もあり、経営陣よりも名前が通っているケースも珍しくない。

 だが、投資家が情報の対価としていくら払うかとなると話は別だ。ある国内の証券会社はアナリストの人件費と顧客数、売買手数料などを勘案した末、少人数向けの情報提供に限って年額500万円に設定したという。欧米の証券会社についても、年額100万~500万円が大半とされる。

 情報にアクセスできる人数規模や、回数によっても値段が変わるとされるが、証券会社の思惑通りに請求できるかは不透明だ。前述の証券会社幹部も「設定金額はあくまでも交渉のスタートライン。実際は顧客との力関係や取引のボリュームなどで決まっていくだろう。もっと下げなければならないかもしれない」と不安を隠せない。

 現に、あるヘッジファンドがアナリストを海外ミーティングに呼ぼうとしたら、証券会社から1回当たり20万円と言われたため、断ったという話も漏れ伝わってきている。

 このMiFID2は当面、欧州の投資家相手に適用されるものの、地球規模で大きな流れとなりそうな気配だ。高度な情報提供が売りだったアナリストの世界でも、中身の選別が問われるようになり、「価格破壊」の引き金となるかもしれない。

 企業分析にとどまらず、価格破壊はニュース配信の分野で一足早く訪れている。特に、起こった事象をいち早く流すストレートニュースで顕著だ。

 主因はインターネットやスマートフォンの普及にある。新聞離れが叫ばれる一方で、多くの人はテレビに次いでネット上のニュースサイトやスマホのアプリなどから情報を得ている。若い世代ほどその傾向が強い。このニュースサイトもメディア自身が運営するものより、ヤフーなどの各社の情報をまとめて掲載するポータルサイトにアクセスしていることが多い。

ニュースを視聴する際の手段(単位:%)

20180416_01.JPG(出所)総務省「社会課題解決のための新たなICTサービス・技術への人々の意識に関する調査研究」(2015年)

 ポータルサイトのビジネスモデルはシンプルだ。新聞や雑誌、テレビといったメディアからニュースを大量に仕入れ、ジャンルごとに整理する。その上で、見出しを付け替えたり関連記事のリンクを張ったりして、無料で読者を呼び込む。訴求力を高めるため、読者の属性に合わせてオススメ記事を配信する機能も充実させている。閲覧数(ページビュー)が多ければ企業広告も集まり、ポータルサイト側の収入が増える仕組みだ。

 そこで肝となるのは記事の本数であり、いかに安く仕入れるかがカギを握る。裏返せば、割を食うのはニュースの出し手である旧来メディアだ。わずかな最低保証料とページビューに応じた課金が収入の大半。契約やページビューにもよるが、大手のポータルサイトから受け取る額は、せいぜい月数百万円程度とみられている。

 旧来メディアの中には週に数十本単位でニュースを配信しているところもあるため、人件費の高い記者の取材網を維持するコストに見あっているとは思えない。当初、ポータルサイトの影響力を過小評価し、ポータルサイト側に有利な契約をしていたことが響いている。

 今では両者の立場が逆転した。ポータルサイトで存在感を高めて自社サイトに誘導すれば広告収入を稼げるため、旧来メディアもニュース配信を競いあうほかない。特に苦境の紙メディアにとってはこうした収入が干天の慈雨となり、止めるに止められないのだ。

 記者が発信する情報の価値が低下する中で、さらに強力なライバルも現れた。人工知能(AI)である。日本経済新聞は2017年1月から、AIが決算情報を自動で文章化した「決算サマリー」の配信を開始。試用版という位置づけだが、売り上げや利益、背景などの要点をまとめており、文章を読んでも違和感はない。何より上場約3600社を網羅する馬力と、適時開示された決算記事を数分後に作れる機動力は捨て難い。

 情報収集でもAIは威力を発揮している。東京・飯田橋にあるJX通信社。通信社といっても記者は居ない。社員24人のうち7割がエンジニアというテクノロジー企業だ。社員の平均年齢は30歳と若く、社長の米重克洋氏は29歳。SNSで流れる事件や事故、災害に関する投稿をAIで自動的に収集・判別した上で報道機関に配信する「FASTALERT(ファストアラート)」というサービスを提供中だ。在京のテレビキー局や大手新聞社などが導入済みという。

 米重氏は「メディアは何でも人がやる業界で、警察や消防に頻繁に確認するのが当たり前だったが、今はスマホで目撃者が情報を即座にアップする。記者が張り付いて情報収集するのではなく、機械化できれば、その分を深い取材や分析に時間が充てられるようになる」とサービスを始めた動機を語る。

20180416.JPGJX通信社の米重克洋社長
(写真)筆者

 今後、 AIの活用はメディア業界でもますます増えるだろう。では、記者の介在する場はなくなるのか。答えは否だ。

 2013年に英オックスフォード大学オズボーン准教授らがまとめた「雇用の未来」という論文は示唆に富んでいる。米労働省のデータに基づき、702の職種が今後どれだけ自動化されるか分析したところ、今後10〜20年程度で米国の総雇用者の47%の仕事が取って代わられる可能性が高いと結論づけ、世界に衝撃が走った。

 この論文では職種別の確率も出しており、例えば会計士は94%に上っている。その中で注目したいのは、記者の確率が11%にとどまっていることだ。日米の差はあるが、9割近い確率でまだ人間のジャーナリストが活躍できる余地があると言える。

 米重氏の指摘を待つまでもない。結局、記者に問われるのは情報の中身であり、質であろう。調査報道や深い分析記事などはその顕著な例である。蓄積したデータなどを駆使すれば、異なる切り口も見えてくる。それをいかに収益化していくかは別の問題だが、同質化した情報を迅速に流すといった競争では、競合他社以前にAIにかなわなくなる。AIに使われるのではなく、いかに使いこなすのかが勝負の分かれ目になる。

 限られた人間の間で独占してきた情報が、ネット上を瞬時に駆けめぐる時代。アナリストにしても記者にしても、情報に携わる者にとっては、仕事を続けるためのハードルが格段に高くなっていることだけは間違いない。

田中 博

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※この記事は、2018年3月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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